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妄想

1.妄想とは



 古くは仏教語で「もうぞう」といい、「妄(みだり)なる想像(おもい)。」を意味したが、徐々に一般的な言葉として用いられるようになった。病的に誤った判断や観念で、妄想観念と同義である。ヤスパースによると、①並々ならぬ確信を持つこと、②経験や推理に影響されないこと、③妄想内容が不可能なものであること、という。妄想観念は、さらに①発生が心理学的に了解できない一次妄想(=真性妄想、さらに①①妄想知覚、①②妄想着想、①③妄想気分の3つの体験様式に分化)と②発生が心理学的に了解できる二次的妄想(すなわち、ヤスパースの妄想様観念やシュナイダーの妄想様反応など)の2つに分けられる。

 意識化されている空想が、現実であると認識し、修正が行われる余地が全くないとき、それを「妄想」という。

2.妄想なんとか

(1)妄想知覚

 妄想知覚とは、正常な知覚に直接的に一定の誤った意味づけが行われるものである。なぜそういう意味づけをしたのかは、合理的にも、感情的にも了解することはできないが、そう確信している。多くの場合、自分自身に関係があるような意味づけが行われ(関係妄想)、知覚は必ずしも視覚に限らず、言葉、匂いなどの他の感覚でも起こる。

(2)妄想表象

 ヤスパースが、一次妄想体験の一つとしてあげたもので、「自分の生涯を回想するに当たって新しい色彩と新しい意味を帯びて現れたり、突然の着想として生じることがある。」という。妄想追想と妄想着想を含む概念。

A.妄想着想

 突然、自分は神である、特別な能力を持っている、迫害されているなどと思い付き、その考えを確信するもの。一次妄想の一つであり、ヤスパースのいう妄想表象はこれに含まれる。

B.妄想追想

 過去になかったこと、あるいは過去の出来事が誤った意味づけを持って追想されること。ヤスパースは、「自分の生涯を改装するに当たって新しい色彩と新しい意味を帯びて現れること」として、妄想表象に含めた。    

3.なんとか妄想

(1)被害妄想

 人や組織などから害を加えられる、苦しめられる、悩まされるという妄想である。一般的に被害的な内容をもった妄想と癒えるが、妄想体験の核心には圧倒的他者による侵害が存在し、それが様々な形を取って現れる。

A.迫害妄想

 被害妄想よりも被害感がより強まって対象や方法が具体的になっているものを指す。被害妄想と合わせて最も多い妄想の主題である。

B.追跡妄想

 他人から跡をつけられ、探られているという妄想的確信。自分は迫害され、財産や生命を狙われているという迫害妄想も意味する。

(2)関係妄想

 周囲の些細な出来事や他人の何でもない言葉や態度を、妄想的に自己に関連づける妄想。周りで他人が話していると、自分の悪口や噂をしていると思い込む。多くは被害的な内容を示し、統合失調症の一級症状どして出現する。自己関連づけられた妄想知覚だが、不安で脅威的な状況、抑うつ気分などでも生じる。

A.注察妄想

 周囲から、あるいは街中なので他人から注目され、観察されているという妄想的確信である。関係妄想の特殊な形。

(3)守護妄想

 誰かが自分を守ってくれていると確信するもので、妄想の主題としては被害ないし迫害に対立する。日本では、神仏、霊、人間などが自分に憑いて、自分を守り、救い、導いてくれるという内容はかなり多く、広義の守護妄想に属する。

(4)誇大妄想

 自分を過大に評価する妄想。超能力がある、金持ちである、予想もできない大発見をしたなど妄想的に確信する。発揚妄想ともいう。誇大妄想は微小妄想に対立するもの、血統妄想、宗教妄想などはこれに含まれる。

A.血族妄想

 自分は高貴な家系の子孫で、本当の両親は別にいるという妄想的な確信すること。ゲーテの「ヴィルヘルム・マイスターの職業時代」に登場する謎の少女にちなんで、ミニョン妄想ともいう。誇大妄想に含まれ、統合失調症や躁病などに見られる。

B.宗教妄想

 自分は神である、キリストの生まれ変わりであるという宗教的な内容をもった妄想のこと。宗教妄想は誇大妄想に含まれる一方、迫害的、抑うつ的、自責的な内容が含まれる。統合失調症に多く見られるが、他の精神障害でも見られる。

(5)つきもの妄想

 憑依妄想ともいう。神や悪魔、天使、動物、人に取り憑かれているという妄想である。自我意識障害の一つ。

A.けものつき妄想

 つきもの(憑依)妄想の一種で、動物が身体に憑いたと信じ、自分の意志とは無関係にしゃべらされたり、感じさせられたりする。変形妄想とも呼ばれる。日本では「狐憑き」や「犬神憑き」に代表される。俗信的で不遇な家庭環境で育った被暗示性の強い性格傾向に、原始的な心因反応の形で生じ、本来の人格の全体が変わって二重人格になるのが典型例である。ヨーロッパでは「狼憑き」が中世以来知られており、「悪魔憑き」は霊媒性精神病や心霊性精神病といわれた。ヨーロッパでは憑依の対象と対立関係にあるのに対し、日本では庇護的になるといわれている。

 なお、悪魔はもともとキリスト教の産物であるため、日本ではまれ。もちろん、症例報告もキリスト教との関係を持つ。

B.獣化妄想

 つきもの妄想の一種で、動物が身体についたと信じ、自分の意思とは無関係にしゃべらされたり、感じさえられたりすることをいう。変身妄想の一つ。シャーマン文化圏に見られる憑依現象から、憑依精神病などの心因反応や非定型精神病、統合失調症の妄想の場合もある。

(6)罪業妄想

 宗教的な教え、道徳や倫理、社会内の規範に背いたとする自責・自己非難を内容とする妄想のこと。一次妄想と二次妄想にわけられる。一次妄想は、妄想の発症の動機が取るに足りない些細な過失や怠慢であるにもかかわらず、それと釣り合わないほどの深刻な自責や自己非難を示すもので、動機と妄想発症との関連が心理学的に了解できない。その一方、二次妄想は、負い目や不全感や自責の念、対象喪失に対する自己非難から生じるもので、動機と妄想発症との関連が心理学的に了解できる。統合失調症やうつ病などに見られる。

A.世界没落体験

 主に統合失調症の急性期に現れる妄想の一種。周囲の世界の劇的な変化が絶対的な妄想確信を持って迫ってくる特有の妄想である。妄想気分や妄想表象に近いが、やや特殊な形式といえる。なお、世界没落というテーマはキリスト教文化との関係が深く、日本などでは比較的少ない妄想とされる。

(7)心気妄想

 自分は重い不治め病にかかっているなどと確信する妄想である。実際に異常がないことが明らかであったとしても訂正されることはない。疾病妄想と同じ意味。

(8)微小妄想

 自分のパーソナリティや能力、健康、財産などを過小評価し、自分は意味のない、価値のない存在などと考える妄想である。誇大妄想と対照する妄想の総称的な呼称で、貧困妄想、罪責妄想、虚無妄想、否定妄想、永遠妄想などが含まれる。

A.貧困妄想

 実際の経済状況とは異なり、自分や家族がずつ!かリ困窮していると思い込むこと。シュナイダーはうつ病の妄想主題として罪業、心気、貧困を上げ、それらは精神病によって積極的に生じたものではなく、人間の玄不安が抑うつにより露呈されたものとした。

B.否定妄想

 ゴダール症候群ともいい、退行期うつ病に生じることが多い。否定妄想とは、体感異常に裏打ちされた心気妄想に始まり、ひどくなると否定は身体のみならず人格や外界、世界全体にまで及び、一切の存在と意味が虚無として否定されることになる。

(9)恋愛妄想

 他の人から愛されているという妄想的確信のこと。一般的に「相手から愛される。」という形式を取る。多くは女性に見られ、統合失調症の一級症状や反応性の妄想発展として出現する。

A.嫉妬妄想

 配偶者や交際相手が不貞をはたらいていると妄想的に確信するもの。統合失調症の一症状の他、アルコール症の慢性嫉妬妄想がしばしば見られる。多くの場合、性的不能による不満を投影したものと理解される。   

(10)盗害妄想

 物盗られ妄想であり、自分の持ち物が盗まれたという妄想である。アルツハイマー型認知症に多い。記憶力や現実見当識の低下と関連して、欲しいもめが見つけられないと単純に盗まれたと確固に思い込む。